死を乗り越えて我想う。

私には嫁がいる。泣いて泣いていっぱい泣いて、それでも愛する嫁がいる。出会いは桜の木の下、春だった。
「もう恋愛はしない」そう決めたはずだった。「俺には誰も守れやしない」そう思いだして早6年が過ぎていたのだ。嫁がそんな私を壊してくれた。私は再びたちあがる事を決意したのだ。
かつて中学生の頃、私は当時の彼女を自殺で亡くす。いや、正確には付き合ってさえいなかった。年も同じだが彼女の相談相手が私なだけであったためである。
彼女から私にだけ明かされる相談内容、それは早い話が強姦であった。毎日彼女は強姦されており、その犯人は彼女の母の彼氏である。
母子家庭で育った彼女は、小学生になるころ母が家に住まわすようになった母の彼氏から強姦されることとなる。彼女は耐えた、彼女は母が好きだったのである。彼女にとって家族は母1人。母だけが彼女の大切な人だった。いつも頑張り自身を育ててくれたが笑顔なき母、そんな母が笑う姿を見せたのは自身を強姦する彼が家に住み込んでからである。彼女は決めた。母のため、私が死のう。心を殺そう。そうして今度は母に幸せであってほしい、私が我慢すれば母は幸せなのだからと。
泣いた泣いたいっぱい泣いた。彼女が話す強姦に耐え抜く話は私の、心に深く突き刺さる。ある時しかし限界がきた。彼女は母に話してしまう。「強姦され続け、死にたい」と。返事はこうだ。「なら、死ねば?」。
彼女は自殺未遂を繰り返し、心も体も病んでしまった。私は彼女の人生がやりきれなくて、救いたくて、けれど何もしてやれず中学時代が過ぎていく。
中学時代、彼女とは遠距離にならざるを得ず、よく年齢を詐称してはアルバイトをして彼女に逢いにいっていた。彼女が好きだと言っていたシチューも手作りで作っていくのさ。
シチューを作る時も何度シチューのできた鍋を投げようと思ったことか。シチューを作ってなんになる?彼女は今も犯されて、自殺したい毎日を生きている。俺には何がしてやれるんだ?と。
中学生の私には無理だった。毎日泣いたが泣いてる自分が嫌いでね。泣きたいのは、彼女だとわかっていたから。だから私は年齢を詐称し働いて彼女にシチューを持って千キロの道のりを逢いに行ったよ。
彼女は私を好きだった。いや、彼女は相談にのる私を心の拠り所としており好きだと錯覚していたのだろう。私も彼女が好きだった。だが2人が付き合うことはない。私は告白しなかった。相談にのる私は彼女を助けたくてそうしているので、それを悪用しようとは思えない。ただただ彼女を助けたい、それが私の生きる理由ですらあった。
彼女と再会し弁当に入れたシチューを公園で食べたんだ。門限があり彼女が帰らなきゃならない時間はすぐそこだった。
「おいしいよ」
一口食べて笑う彼女は、時計を見ながら泣いていた。
「なんで時計ってあるんだろう?なんで時間はあるんだろう?永遠だったらいいのになんて」
そう言う彼女は笑顔もやめて泣き崩れては肩を震わし、小さくなった彼女を私はただ抱きしめることしかできず涙を流して私もくずれた。
「帰らなきゃ」
抱きしめあってから何分が過ぎたことだろう?彼女も私も顔がぐちゃぐちゃ。いつしか時は過ぎていた。
「帰らないで!俺がなんとかする!俺が奴を殺す!」
咄嗟に抑えきれずに吠えた。帰らせたならばそこにはきっと、彼女が死にたい現実が待っていて、私は彼女を助けたかった。
でも彼女の意思は私と違った。
「ごめんね、ありがとう。何度も電話してきてくれたね、何度も自殺するさい助けてくれたね、でも殺さないで。そしたらお母さんが不幸になっちゃう。私が死ねばいいんだよ。」って。
「違う!お前はお前を生きていいんだ。俺はお前が、お前のことが、」
告白しそうになっていた。もどかしい恋が憎しみが自分への怒りがこみあげていたのだ。
彼女も同じだったのだろう。
「ありがとう、私も同じ気持ちだよ。生きててよかった。いつか誰かを幸せにしてあげて。私、最後は幸せでした。また後で連絡するから。」
彼女はそう言い、私を置いて闇夜の中へと消えて行ったよ。私は彼女からの連絡を待った。
最後に来た連絡は、メールである。そこにはこう書いていた。
「好きです。死ぬ前に会えてよかった、ありがとう。」って。
泣いた泣いたいっぱい泣いた。
叫んで叫んでいっぱい泣いた。
そのメール後、彼女は死んだ。首吊り自殺前の最後のメールは告白だった。
荒れたよ。優しさや思いやりを大事に生きて来た。非道な人間が嫌いだった。だが現実は私は愛する人を守れなかった。高校にあがり荒れた私は徐々に学校に行かなくなった。
愛する人さえ守れぬ男に、私に、人を好きになる資格はないし力もないんだと彼女を思い出しては泣いたんだ。
だが事態は動く。私は大学を中退するがそのころ出会った人が嫁だった。嫁とは花見の席が縁で出会ったが、嫁は母子家庭で母から虐待を受け生きてきていた。母の虐待や元彼からのストーカー、幼き時に受けた性被害、それらの全てがむごたらしくて私はいつしか彼女を思い出していた。
嫁は辛き中でも周りを思い、主張を抑えるとこがある。周りを喜ばせようとする嫁のふるまいは私の荒れた心をうった。
出会った時花見の席の嫁を見て、そういえばかつて「愛する唯一の人とは花見にいこう」だなんて考えていた時代を思い出し、花見にきた嫁の姿に優しき女性を感じた気がした。
花見後行方不明に嫁がなり、私が探して見つけ出したが嫁は泣いて立ちすくみ、その時嫁がおかれている現実を知ることとなったのだ。ストーカー、虐待、性被害、私もかつてのように共に泣き、そしてあの彼女の最後を思い出す。
「誰かを幸せにしてあげて」そんなことを言っていた彼女の姿を思い出す。
私ははっと目が覚めた。すさんで荒れた私はきっと、彼女も私も望んでいない。私は私らしさをいつしか、彼女の死と共に捨てていたのだ。
このままいけば私はきっと、また目の前の苦しむ人を助けることはできぬだろう。
「幸せにしてあげて」
心に聞こえた気がしたよ。
花見の席、一歩ひいてみんなの意向を伺っては、ためになるよう動く嫁は思いやりに満ちていた。
私はこの女性を助けたい。私はこの女性の母になり、恋人になり、今度こそ守りたい。そうしていつしか家族になって、今度は家族の暖かさで包んであげたい、と。
彼女につきまとうストーカーとの直接対決、母との決別、私達は様々なことを乗り越え、今は夫婦になっている。
嫁はやりたいことも欲しいものも私との日々のため捨てたものも多いだろう。でも嫁は今も私の気持ちを心を心配しては、慣れない顔芸や料理を頑張り、嫌なことも進んで行い、文句も言わず今日も私を可愛いと言っては笑ってくれる。
嫁とは喧嘩をしたことがない。それは嫁はわかっているから。喧嘩より、対話。嫁は私をいまだに思いやり、いつもと変わらぬ笑顔で私の腕枕で眠りに入る。
私の誕生日は先日済んだ。最高の誕生日プレゼントはね、「嫁と生きる日々が未来が、私にとっての一番の幸せ」。そう、今この時も、嫁は私にプレゼントしてくれているのだ。
貴方と出会えてよかった。嫁は私の生きる理由。
ありがとう、本当に、毎日が君からのプレゼントだよ。
ありがとう。嫁へ。私より。

ps.長々と読んでくださり有難うございました。知恵袋もやっていますが嫁との時間を大切にしたいため今はリクエストにしか答えていません。重い内容でしたでしょうにこんな私の体験を読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。どうか貴方も悔いなき恋愛ができますように願っております。

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