10年目の危機を越えて

うかつな一言で嫁を怒らせてしまい、一ヶ月半無視され続けた。子供たちに向ける優しい笑顔とはうって変わって僕には一瞥もくれず、存在は空気と化した。嫁と笑って話す夢を見て朝目覚めてしばし落胆する日々。
なかなかほとぼりが冷めない。
その状況で一発逆転の大技を狙うとかえって逆効果なのは経験済みのため、空気なりに目立たず小さいさりげない善行を家庭内で重ね続けた結果、僕の心が折れる前に静かにその日は訪れた。子供を交えてだが、嫁が僕に笑いかけてくれた。会話も少しずつしてくれるようになった。タイヤの交換や子供の送り迎えを頼んでくれるようになった。仕事を与えられることの幸せ。空気改め再び旦那(見習い)に戻れた喜びは、この苦行のような一ヶ月半の辛さをほぼきれいに忘れさせてくれた。数多くの教訓を残して。客観的に見て単に幸せの閾値が下がっただけなのだと分析してみる。でももともと相対的なものなのだ。無視されている間も嫁への日々の感謝、愛情は1ミリも変わらず、人として尊敬していた。心が折れないよう強制的にその気持ちを増幅させていた。地獄を見たからこそ気づく当たり前の日々にある幸せ。とても月並みな言葉だがこれが真実。妻はとても美しく、時には子供たちとふざけて笑う姿を見て平穏な日々に感謝する。油断すると奈落に落ちるスリルを感じながら、妻により惹かれていく。