カミさんとは、とある縁で知り合った。
フラッシュバックを起こすほどの痛みと辛さを抱えて、忘れさせて、と言ってきた。
言う通り、忘れさせた。
それで終わるはずだった。
でも、一緒にいると落ち着くので、しばらく付き合ってみることにした。
別に将来を約束したわけでもない。
一緒にいると、落ち着いて、別れるときに、ちょっと寂しくて。
遠距離だったけれど、月に2回はどちらかの家に泊まる、という付き合いが続いた。
ある日、彼女が言った。
「東京に移住しようと思うねん」。
おおそりゃ、いいことだ。俺の部屋のそばの部屋も空いてるはずだから、越してくりゃいいよ。
そばにいれば一緒に遊べるし。
「そんでな、うちのお母さん、東京に行くって言ったら、震えちゃってな。安心できない、こわい、っていうねん」
そうだろうなぁ。
あんまり縁もない土地に娘が越そうというんだからなぁ、心配だよなぁ。
「だから、保証人みたいな感じで紹介するから会ってやってくれへん?」
うん、いいよ、俺、ちゃんとお母さんを説得しあげるから。
あちらのお母さんに会うという店に行ったら、お父さんもいた。大いに焦った。
バカな俺は、それが、彼女が一世一代の勝負に出た賭けだと、そのときまで気づかずにいた。
「娘とどうする気ですか?」
向こうの両親が真剣な顔をして尋ねる。
「……そ、そりゃ、まぁ、僕が責任をとって…ゴニョゴニョ…」
その途端、両親と彼女が安心しきった顔で尋ねた。
「そしたら、お母さんのご連絡先をぜひ教えてください」
ハメられた。
でも、彼女を「救う」ための、仕上げの手段としてそれもあるか、と半ば諦めて、結婚に同意した。
そして、彼女は、結婚して、俺のカミさんになった。
彼女を救ったつもりでいた。
でも、結婚してからは、救われたのは、俺だった。
俺には、若いころに死に別れた父親がいた。
夢にその姿を見て、ああ、親父はもうこの世にいないんだ、と夢の中でも納得した。
瞬間、号泣しながら起きた自分の頭を、ずっとずっと撫でていてくれたのは、カミさんだった。
結婚後、仕事がなかなかうまくいかず、夜中まで帰らず、悪さばかりする俺。
悪事がばれて、心底怒って、溜息をつき、それでも「まぁ、しゃあないか。家族やもんね」と許してくれたのはカミさんだった。
あまり親の縁がない俺。
長いこと独身で、一人で眠ることに慣れていた俺。
カミさんは、絶対に別の布団で眠ることを許さず、結婚から16年経っても、ずっと同じベッドで寝る。
今では、真剣に仕事にのめりこんでいて、ほんとうに深夜の帰宅が多くなった。
カミさんは、そんな俺を寝ながら待つ。
寝ながら、帰宅して布団にもぐりこんでくる俺の脚に、ほとんど寝ぼけながら必ず「おかえり」とつぶやいて、足を絡ませ、またすぐに眠る。
そんなカミさんの足を感じながら、ああ、俺は、一人じゃないんだ、と毎晩実感する。
俺は、幸せだ、と思う。
俺は、カミさんに救われた。
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